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先生の生涯

Posted by 摂理のほんやくコンニャク
 
チョンミョンソク先生は1945年生まれで、大韓民国中部、忠清南道錦山郡チンサン面ソンマンリで、6男1女の3番目として生まれました。ソンマンリはテドゥン山が屏風のように張り巡らされているインデ山のふもとに位置している高い山奥の村です。



チョンミョンソク先生は6歳の時、誰に教わったわけでもない「神様」を探し、9歳の時にはキリスト教を信じるようになりました。小学校の時に早くも人生のむなしさを悟り、人生の根本の問題に対する答えを探し始めました。



チョンミョンソク先生は十代中盤から本格的に祈りと信仰生活に没頭します。教会に通い、リバイバル講師たちの説教に耳を傾けました。当時は「火の裁き」、「空中引き上げ」など「文字通り主義」の解釈による終末論が中心の説教が盛んな時でした。ひどい貧しさのため人生に失望していた先生は、誰よりも切実にイエス様の降臨を待ちました。



17歳からは貧しい生活と人生の苦しみを感じ、山での祈りに没頭するようになります。昼には畑を耕し、背負子の荷物を担いで仕事をし、夜には山の廃鉱で祈りと聖書を読むことに力を注ぎました。農業の仕事と家事を終えると、明け方2時3時まで山の祈りに入って行きました。1週間に20回以上教会へ行くほどに熱い信仰の火を燃やしました。



19歳の時はソンマック教会で伝道と信仰者の育成に勤しみました。三角山の祈祷院を訪ねて7日ずつ断食の祈りもしました。



20代に入って本格的な路傍伝道に出かけ、大勢の人々を伝道しました。



21歳の時テドゥン山での修道生活を始め、ベトナム戦争後、帰国してからも雨風や吹雪に屈することなく、祈りの生活をしました。数年間夜を明かし、厳しい寒さの中で修道生活をしましたが、どのくらい寒かったかというと、テドゥン山のトクスリ峰の松の木が凍って枯れたほどでした。



チョンミョンソク先生は長い20年の修道生活の中で、聖書の中の真理の御言葉を悟るに至ります。



チョンミョンソク先生は1966年から1969年までベトナム戦争の生と死の狭間で、命の貴重さと天の愛を自ら体験しました。戦争の惨状を自分の目で目撃し、命の尊厳性を痛切に感じ、死の瀬戸際を数百回切り抜けて、一生天のために生きようと誓いました。白馬部隊の兵士として参戦し、敵を射殺せず生け捕りにし、味方の命の損失を減らしたと言われています。



1970年、ベトナムから帰って来たチョンミョンソク先生は、150年以上経った土壁の家を壊して新しい家を建てた後、「信仰の世界もこのようになりなさい」という悟りを得ました。1973年、全財産をはたいて錦山・チンサンのソンマック教会を建設するようになります。



以後1978年ソウルへ上京するまで、テドゥン山と祈祷窟を行き来し、長い断食の祈りをしながら、空腹の苦痛と病にかかる苦痛も体験しました。



乞食と生活し、彼らに奉仕する生活もしました。このような体験を通して神様の心情、十字架につけられて死ぬしかなかったイエス様の心情を少しずつ悟るようになりました。これと共に聖書の中に隠された救いの御言葉を知るようになりました。



1978年6月1日、チョンミョンソク先生はソウルに上京しました。片手には御言葉の図表を持っていました。まともに食べることもできなくてラーメンとそばを持って食事に代えること2年余りだったと言います。御言葉を正しく悟る人に会うことは天の星を取ることのように難しかったと表現されました。 1980年8月、シンチョンに伝道の場所を移し、一人を伝道し、命の歴史が本格的に始まりました。



チョンミョンソク先生は1982年3月、MS宣教会(現キリスト教福音宣教会)を設立し、翌年11月にはウェスレー神学院を卒業しました。数年間で教会は急成長し、数百人から数千人、数万人に会員が増加しました。全体が一箇所に集まれる場所が必要になり、1989年、故郷である月明洞を開発し始め、現在の自然聖殿が建築されました。



数多くの青年が伝道され、彼らのため昼夜問わず説教と人生相談に玉の汗を流しました。



国内宣教の基盤をつかむとすぐ、世界宣教の途に就きます。2001年2月にはCGM奉仕団を設立し、国際文化交流を広げ、世界の若者たちに神様を中心とした愛と平和の思想を伝えています。



チョンミョンソク先生は天の思想が入った文学と芸術、スポーツの発展にも力を注いでいます。彼は1989年、「霊感の詩」を出版し、既に世の人の注目を浴びたことがあり、1995年「文藝思潮」を通して登壇した詩人でもあります。



文学作品だけではなく書道と油絵、陶磁器、水墨・彩色画を残し、世界平和サッカー大会を開いて、サッカーを通して世界の人がひとつになる交流の場をつくっています。また25年間不治の病、難病、精神病等、現代医学では治せない病気を、ただ神様に対する信仰と祈りによって治してきたことでも有名です。



2002年、チョンミョンソク先生はスリランカのユネスコ傘下のオープンインターナショナル大学(The Open International University for Complementary-Medicines)から哲学博士の学位を授与されました。この大学は医学博士と心理学博士の学位を取得した人にだけ哲学博士の学位を授与していますが、異例としてチョンミョンソク先生には別の学位授与式を経ることなく、すぐに哲学博士を授与しました。医学と心理学の分野の専門家であることを認めました。世界的な「水博士」として知られる日本人の江本勝もこの大学で代替医学の博士学位を受けたことがあります。



チョンミョンソク先生は今日も世界50カ国200余万名の会員たちと共に世界平和実現と地球村の至る所に福音を伝え広めるための歩みを止めることがありません。


-意訳が入っていますがお気になさらず
ソース http://www.cgm.or.kr/
2008-1-25 8:34


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ハレルヤ アーメン 3205 P  
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