摂理人も宗教を選ぶ、続編☆★
いくつかコメあったので、統一教会について自分の見解を述べます。
ミョンソクさんが統一に伝道しに行ったのか、そこから教わってたのか、なんてのは自分はそこにいたわけでもなく、わかりようがありません。でも本人曰く、「パブにも電車にも統一の信徒にも伝道だけをしたくて行き、周りのことには目もくれなかった」といってます。
そのシーンは直接見ていなくても、他の時の動き方を見てればその人がどう生きてるかくらい人はわかるはずです。善人か悪人か、だれも見分けられない人なんていないっしょ。
絶食70日してまで神様を迎えようとした人が、女性や他の宗教で自分の価値を落としたり神様が嫌うといってることをするでしょうか。答えは読んだ人が考えてみてください。
ちなみに、別に私は統一も嫌いではありません。いち宗教としてみてます。
ただ神様やイエス様に対してもそこでは信仰ははいらなかったということです。統一はただ教理だけがあります。あ、ただ霊的体験は少ししました。
自分の兄が守護してくれてるのかなって。だから霊はいるのではとそこで思いました。
しかしチョンミョンソクさんの御言葉は、
神様やイエス様が自然に近づいてくるような認識を正す話が主です。ただ教理を解くのと、実感がこもった言葉では伝わるものも違います。知的好奇心としては統一原理も十分面白いものでした。しかしミョンソクさんの人間本質的によくしていく姿勢には、ようやくこの自分にも信仰が入るほど完敗でした。
そんな自分のような人が増えるとよいなーと思うわけです。
だって日本人は宗教があることが変に思ってる人も多いでしょ。
なのに愛に飢え、性欲に飢え、将来に飢え、人生の価値に飢え、ってのも当たり前になってる。なんて矛盾だろって冷静になると思ってしまいます。
あるのが当たり前って思えたら上の飢えが自分のように満ちることもある、その可能性は
ちょっとでも伝えたいなとは思っています。
みんな生まれながらに愛されるために生まれてきてます。もし足りてない、意味がわからないと思う方いたら自分にでもメールくれたら話聞きますよー(^^)