ウォル気分で浮かれていたら、中国が地震で大変なことに。
かつて、阪神大震災の時、震災後10日程の現地に乗り込んでみたことがあります。
電車で行けるところまで行き、その後、徒歩。
軒並み倒壊。半分に割れた家から、家具や衣類がとび出している様子は、この表現を使っていいかどうか、まるで車に轢かれたネコなどを見ているようで目をそむけたくなりました。
それでなくてもきな臭いにおい、辛くて涙が出そうで、これ以上進む気力がなくなったので引き返しました。
ちょっと霊的な現地メンバーが言っていましたが、震災地から大阪に出てくると、色々な執着のある(多分、亡くなった人の)霊が付いて来て、「喫茶店行こうよ」、「あっちのお店入ろうよ」とそのメンバーの身体を引っ張るのだとか。
とにかく、中国も惨状には違いない。学校が崩壊して子供がたくさん亡くなったなんて、親の立場としては耐え切れないものがある。
色々お騒がせだった中国に関しては、皆あれこれ思うところだろうけれど、
言えることは、摂理の先生は中国のために祈ってきたということ。そして多くのメンバーも先生に習って祈っている。
正直、先生が中国に滞在していたとき、どんな境遇だったかはわからない。
でも、先生も自分のことは置いておいて、中国の霊的なことのために祈ったのだと。
制度の上では唯物論で神様を認めない国。神様がニネベの町を惜しんだように、そんな荒野に神様の救いがもたらされるようにと。
もし日本でこの地震が起こったら、という記事も目に付くようになった。
「シロアムの塔が倒れたためにおし殺されたあの18人は、エルサレムの他の全住民以上に罪の負債があったと思うか。あなたがたに言うが、そうではない。あなたがたも悔い改めなければ、みな同じように滅びるであろう」〔ルカ13:4〕
イエス様の言葉が身にしみる。
「これと同じくこうだ」
先生の説教も確かです。
まずは黙祷。命ある者は早く苦しみから解放されますように。
でも何より、悲痛、怒涛、落胆、放心、慈愛、省察、天仰・・
全てのことが神様の元で昇華され、救いがありますように。