お久しぶりです[:女:]
ある
摂理人と話していたら、
「人は言葉で活きる」と熱烈に語っていました。まぁ、なぜその話が出てきたかというと、漫画なんですけどね(笑)
イエス様も「人はパンだけで生きるのでなく、神の言葉によって生きる」とおっしゃいますが、
最近、ますます
摂理のみ言葉に感動を受けるようになりました。
やっぱり、み言葉を聞かないと神様についても、神様の歴史についても、先生のことについても理解が及ばないものですね。
「苦痛の道だからといって神様のみ旨でないとはいえないし
平安な道だからといって神様のみ旨だとはいえない。
義人には苦難の道も神様のみ旨であり、
悪人には平安な道もみ旨から外れた道だからだ。」
苦しいからといって、神様が私たち人間に用意した道ではないとあきらめる必要はないんですよね
「もし、義人が罪を犯したならその罪によって苦痛を受ける。
しかし、罪を犯していない義人でも罪の苦痛を受けるなら、
他人の罪を代わりに背負う苦痛なのだ」
これを聞いて、はっとしました。
このことを知らなかったら、
イエス様がなぜ十字架につけられることになったのか、分からなかった。
先生がなぜ苦難の道を行かれるのか、分からなかった。
自分の考えで生きるというのは危険ですね〜。
学校でも会社でも、人の意見を聞くとき、深くまで聞いてみないとわからないじゃないですか。本当にそういうことだと思います。
み言葉があってこそ、人を生かす
それは、元気を与えるとか、やる気を与えるとか、そういったことだけじゃなくて、
神様を信じれるようにしてくださるのも、やっぱりみ言葉なんだなと。。。
[:よつばのクローバー:]
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