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摂理三題話 アスレチックと肯定的な精神と裁判 |
| Posted by 摂理日記 |
摂理の鄭明析先生が、以前日本巡回に来てくださった地に旅行してきました。
そこで礼拝も捧げ、サッカーもし、ゆっくり風呂にもつかり語り合い、楽しく過ごしてきました。
自由時間があったので、何人かでアスレチックもやってみました。
アスレチックは、登って見ると結構高いので落ちたら危険だし、足元が危ういような気がして、最初のポイントでは正直ちょっと怖くなったりもしました。
しかし足をしっかり足場に乗せて、一歩一歩確実に進むなら安全だし、むしろ時には大胆に渡って行った方がかえって安全だと分かりました。
何よりも神様を心の中で呼び求める中で芽生える安心感が心地よいです。
一つ一つ一歩一歩重ねていって気づいたらクリアーしていきます。
童心に返ったようにアスレチックを楽しみました。
自分がクリアーしたら、次の人を応援したり、笑わせたり、励まします。
1時間くらいでしたが、あっという間で、また皆で山に向かって賛美して帰ってきました。
摂理の兄弟たちとやる時、何でも面白く楽しくなります。
思いのほか楽しかったので、次の日やりたいという別の人たちに付き合って、前日食事の時間が来てしまったため行けなかったコース終盤をやりにいきました。
前日一度経験しているので、まずは自分が先頭に立ちましたが、二度も思いがけず転んでしまいました。
最初のミスは、ターザンのように滑車で空中移動できるロープウェイ?でしたが、足場がぐらついていたので、「せーの」で両足を乗せてみたら、踏み外してしまい、ロープに手だけでしがみついている状態で、最後の最後にはずさっと落ちてしまいました。
全く怪我もありませんでしたが、派手に転んだので周りを心配させてしまいました。
続いては、ロッククライミングのようなポイントがあり、明らかにロープを伝って壁を降りていくものでしたが、逆にぴんとロープが張ってあるのをちゃんと確認してから、ロープを引っ張って逆に壁を登っていくようにしました。
ただ普通にやるのも面白くないかなと思ったのです。
ちょっと嫌な予感もしたのですが、その心配が的中し、引っ張っていたロープがするすると抜けて、1メートルくらい登ってからどすんと背中から落ちてしまいました。
しかし土が服を汚したくらいで、身体もおしりに入れていたカメラも無傷で済みました。
ちょっと罰の悪い思いをしましたが、その時に一緒にいた仲間が話した言葉は、
「先頭に行く使命者(つまりキリスト)がそのように先に何でもやってくださるから、私達が学習してその道をいけるんですね」という肯定的なものでした。
先生がどこまでも肯定的な考えであり、いつも感謝されるので、私たち摂理のメンバーたちも肯定的な精神が身につきます。そしていつも感謝します。
それは神様への信仰の裏返しでもあります。
神様を熱く信じて生きる摂理の人たちに神様がいつも理想的に働きかけてくださるのを知っているからです。
だから摂理のメンバー達にはいつも心に喜びがあります。
先生の裁判、一審の結審が近いようです。
今日検察側の求刑がなされるということで、その時間ダニエルのようにお祈りしました。
物証がなく推定無罪か推定有罪である以上、そこに答えを見出すことはできないし、その結果で摂理に対する自分の信仰が変わることはありません。
飛行機に乗る時も、見ず知らずのパイロットに100%安心して命を委ねられるわけではなく、むしろ私は完全に神様に委ねます。
そのように裁判官に100%委ねることはできません。完全でないからです。
むしろピラト総督がイエス様が無罪だと分かったのに、世論に押されてユダヤ人の手に渡して死刑にしてしまった歴史的事実があるのが気になります。
しかし、いつも摂理では摂理や先生が難しいと言われる状況に陥っても、むしろそれを乗り越え、より神様と強固につながるようになりました。
今回の裁判を通しても、最近の御言葉を通しても、より神様と先生が、より神様と私達が、より先生と私達の結びつきがむしろ強くなっていることにハレルヤです。
神様とつながることが救いであり、旧約時代にあった主人と僕の立場より、新約時代にあった親子の立場より、もっと近い恋人の立場で生きる信仰がより強固になっていることが救いの勝利だからです。
私達にとって気になる結果は、裁判の結果もありますが、そういう勝敗ではなくいつもそうですが、神様ともっと近くなったかどうかなのです。それが救いであり気になる勝敗です。
私達摂理の人達は宗教の核心である救いを求めているからです。
今回の裁判を通して、毎日私達のために祈ってくださる先生のためにもっと祈れるようになったし、救いとは何か、なぜ私達に救い主が必要なのか、この歴史はどういうものなのか、改めて考え知る機会になったことにも感謝することです。
もっとたくさん祈り、もっと神様の心情を知って、神様と一体になる生き方をしていきたいと新たな決心をする一日でした。
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