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夏こそ、読もう。聖書。

Posted by 摂理のぶどう園 〜これだから信仰はやめられない〜
 
この暑いのに何言ってんだ、と言われそうですが・・学生さんに限れば、夏休みは
B読、つまり聖書をたくさん読める時期到来です(もちろん学生に限らず読みますよ)。

聖書はご存知、世界のベストセラー。そして霊的な書物ですから、信仰があれば読んで感動を得たり啓示を受けたりと有益がありますし、信仰が無い人にも西洋社会を知る基本として、また人生の指針として尊重されてきました。

でもイエス様の話や歴史書など、ある程度の箇所は理解きでても、旧約聖書や奇跡の話などは理不尽過ぎて、一般の人にはなじめない書物だと思われます。

摂理の中でもB読好きな人もいれば、そうでない人もいます。
しかし、摂理のメンバーは30個論で教わったから意味をわかって読むことができます。
また読まないことには30個論の確認もできませんから・・平均率から言えば、一般のクリスチャンよりも割合読んでいる方ではないかと思われます。

たくさん読んだ人が言っていましたが、読むうちに自分で謎解きができるようになったり(もちろん要確認ですが)、天使がピピッと教えてくれたりするのだとか。
世間でも聖書から啓示を得た逸話には事欠きません。その辺はやはり神様の書物であります。でも30個論のような明快な解説?もなしに読み継いできたという、先人たちの努力には頭が下がります。

B読と言えば我らの先生ですね。自分が来た頃には1800回、いつしか2000回読んでいると言われるようになりました。
時には「食事の時間で新約聖書を読むことができる」とも言われていました。さすがにそれはリップサービスかも知れませんが、そんなに読むことが可能なのか?と疑問に思う人もいるかも知れません。

でも聖書をたくさん読んでいる人はわかりますが、特別音読でもしなければ、序々に文字や段落そのものが目に焼きついてきてしまい、流れるように読むことが可能になります。
もしかしたら先生のB読は霊人体が読むような、4次元的な読み方も含まれているのかも知れませんね。

先生の名誉のために証しておきますが、先生よりもたくさんB読しているクリスチャンはいます(先生自身がおっしゃってました)。だから先生の2000回は可能な回数なのです。
実際にB読の世界記録とかは確認できていませんが、皆も頑張れば2000読できるかも!?
既成のクリスチャンは、読んでない人は全然ですが、読んでいる人はとてつもなく読んでいます。そういう意味ではメンバー諸君、決して得意になってはいけませんよ。

但し、読むだけでなく「解き明かしたこと」、これが先生の偉大な面ですね。
先生が聖書を読むようになったのは、聖書の疑問点を知りたかったから=自分の人生を変えたかったから。それでイエス様に教えてほしいと懇願したのですが、でもイエス様からは「聖書に答えがあるから自分で読んで探してごらん」と言われたとか。それで何度も何度も読むうちに・・今位のB読回数になってしまったそうです。

でも先生も時にはB読が、信仰そのものが嫌になり、聖書を庭に埋めてしまったというのは有名な話。

私も恥ずかしながらB読が全然できない時期がありました。
何故か読んでも入ってこない。聖書が手につかない。人よりは読むのが好きな方でしたから、そういう状態はショックでしたね。それで別版の訳の聖書を読んだり、解説付きのものを読んで変化をつけて読みつないだこともあります。

余談ですが、摂理では「口語訳」聖書を使用しています。今の日本のキリスト教界では「新共同訳」聖書が主流なんですが、なぜかって?
まあ、摂理が日本で始まった当時は口語訳がまだ主流でしたので、そのままなじみのある口語訳を使用していると言えますか(まだ本屋で手に入るし)。

口語訳と新共同約はどちらが良いの?
う〜ん、総合面では後から訳された新共同約ですかね。わかりやすいし、地名、人名も当時の発音に近づけてあります。摂理でも新共同約を採用しようという意見も出たようですが・・とくに不便はないので口語訳がそのまま使われています。

「最新が最善」とするならば、断然新共同訳なのですが、ただ、聖書学者さんの中では口語訳聖書の方が新共同約聖書よりベターとする人もいます。摂理意外にも口語訳を採用している教会もまだあるようです。

これは新共同訳にも問題がある故ですが、もともと文法もはっきりしない古代書をきっちり現代語に訳そうとする行為自体が無謀と言えるかも知れません。海外の聖書には、「他にはこういう訳もあります」、「こういう背景があります」と、解説付きなのです。そのように読むべき本という認識が普通なのですから。

どちらにせよ、末葉にこだわらない摂理人にとっては大した問題ではないのですけれど。初心者は「一語一句の意味を大切に」と眉間にシワを寄せながら読む人も多いですが、日本語訳はアテにならない場合も多いのです。そんなにこだわらず肩の力を抜いて楽に読んで下さい。大切なのか神様からのメッセージであります。

あと、聖書というと、ウォルミョンドンでは先生のお母さんの家のそばに、石製の講壇があり、そこに聖書が置かれていました。
一辺50cmはあろうかという大型の聖書。覗き込んでみると、えっ!?・・手書きなんですよ。日本で写経というのはありますけど・・韓国の信仰の奥深さを思い知らされました。

2008-8-6 23:03


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ハレルヤ アーメン 825 P  
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