自分自身を愛することは
自分の全てを受け入れることです
自分の好きな部分も嫌いな部分も
楽しかった思い出も
辛くて葬り去りたい過去も
全部ひっくるめて受け入れてあげ愛してあげることです
人間は、自分の好きな部分や楽しかった過去は受け入れやすいですが
嫌いな部分や思い出したくない過去は受け入れにくいです
でも、「自分が嫌い」な状態は
あなたの心をズタズタに傷つけています
何故なら「自分が嫌いな状態」は
自分の嫌いな部分や受け入れたくない過去に対して
「あなたは私じゃない!あっちへ行って!」と
自分の一部を仲間外れにして心の隅においやってしまっているのです
あなたの心がその部分を無視するから
その部分には光が当たらず
光が当たらないうちに暗くてじめじめした場所になっていきます
自分で自分の中に闇を作ってしまうので
更に自分が辛くなってしまうのです
だから、自分を心から愛せるようになるために
嫌いな自分を許してあげて、受け止め、
思い出したくない過去にも
あなたの心の光を当ててあげ
自分の一部として受け入れてあげること
そして最終的には 嫌いな自分と嫌いな思い出と和解し
あるがままを受け入れ、愛することが理想です
内部で分れ争う国は自滅し、内わで分れ争う町や家は立ち行かない
と イエス様がおっしゃった言葉通り
私達の「心」も内部で分れ争うと 平和になれないのです
では、嫌いな自分嫌な思い出は どうやったら愛せるようになるのでしょうか
無理矢理愛するのではなくて
嫌いな自分を具体的に考えどうして嫌いになったか思い起こしましょう
頭が悪い自分が嫌いですか?
どうして頭が悪いと感じたのですか?
テストの点数ですか?
親がそう言ったからですか?
では、頭が良いとはどういうことですか?
頭が良くないと生きていけないんですか?
そんなこと全くないです
神様を愛して御言葉を受け入れる頭があるならそれで十分です
実際に、あなたは決して頭が悪くありません
そう思うしかないような状況があって
そう思ってしまったんでしょう
また、思い出したくない思い出はどんな思い出ですか?
いじめられた思い出?
親に叱られた思い出?
どんなに辛かった思い出も
自分が悪い子だったからそうなったと思わないでください
幼い子は、自分が悪い子だから自分がひどい目にあう
という理由づけをして
自分の中で納得させて生きていきますが、
それは、幼い子供にはそう理由をつけることが
本人にとって一番理解しやすく
一番納得がいく方法だからです
(自分が悪くないのに辛いめにあっているという状況は、
子供の頭では理解できないそうです)
だから、当時の状況がどうだとか
自分の罪がどうだとか関係ありません
あなたが傷ついたことに対して
あなたが自分自身に共感し辛かった自分を慰めてあげましょう
忘れないでください
あなたは悪くありません
辛かった出来事を経験してしまった理由探しは
もうやめて
傷ついた心を癒すことだけに専念しましょう
傷が癒されていったら
辛い過去も少しずつ受け入れられるようになれます
完全に癒されたら 辛い過去も私に必要な経験だった 経験して良かった
と思えるようになるのかもしれません
でも、傷ついている心がまだあるなら
体験に対する意味づけや
状況的な理由探しをしないで
ひたすら自分の傷ついた心に向き合い
辛かった気持ちに共感し、
共に怒り、泣き、慰めの言葉をかけながら
自分の過去を抱きしめてあげてください
「今まで嫌いでいてごめんね。一人にしてごめんね。」 と、
自分の嫌いな部分、嫌いな思い出に 自ら歩みよって、
あなたの全てに耳を傾け
あなたの心の中に入って行って
共に気持ちを分かち合い共に過ごしていきましょう
自分に向き合うと辛い状況に飛び込むことにはなりますが
あなたしかそこに飛び込めないし
あなたしかあなたの心を救えないんです
あなたがあなたの心に飛び込む時、
必ず神様も共にしてくださっていることを 忘れないでください
あなたの心を救う使命者はあなた自身だから
必ず神様が、使命者であるあなたに共にしてくださいます
だから、神様の助けと自分自身の癒しの力を信じて
自分自身を癒していきましょう