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我が師匠 我がメンター

Posted by 摂理のほんやくコンニャク
 
どうすれば人生を成功できるのか?
メンター(Mentor)という言葉はよく使うが、正確な意味や語源を知らずに使っている場合が多い。トロイの国王は重要な戦争の出征式を前にして一つの悩みを持つようになる。まだ成長していない息子の養育問題だった。先の読めない戦争の出征式の直前、父の役割と師匠の役割を両方してくれそうな友人に王子を預けるのだが、その友人の名前がまさに「メントル」である。ここから由来し、「メンター」(Mentor)という言葉が生まれたのだが、正確な意味は「人生の全般的な問題をコーチし、指導してくれる先生」という意味だ。
人々は誰でも人生を成功したいと思う。私も「どうすれば人生を成功できるのか」についてたくさん悩んで生きてきた。だから成功に関わる本であれば、手当たり次第に読みあさり、その数は2千冊を超える。世界的な投資専門家であり、財閥順位2位を記録しているウォーレン・バフェットや、近代の戦争英雄ナポレオンも非常な読書マニアで、成功の秘訣を「読書」だと言っている。ナポレオンの語録の中に「私が8千冊の本を読んだら、ヨーロッパ大陸が私の足下にあった」という有名な言葉がある。また100年の伝統を誇るアメリカのシカゴ大学がそれまで世界的な名声を誇る人物を輩出できなかったのに、わずか20~30年になんと4~5名のノーベル賞受賞者を輩出したのも、ロバート・ハッチンス学長が学生たちに古典と偉人伝を必読書として読ませてのことだったと言う。
アメリカの大統領リンカーンも毎年自分の背の高さ(リンカーンの身長は198cm)ほどの本を読んだと言う。
それでは、リンカーンに最も感動を与えた本は何だろうか。それは3歳の時から9歳の時まで床に就くたびに母が枕もとで読んでくれた「聖書(Bible)」だと言う。リンカーンが9歳の時、母が肺炎で亡くなる前まで一日も欠かさず読んでくれた「聖書」でなかったら、最高に尊敬される大統領になることはできなかっただろうと、「ホワイトハウスを祈祷室にした大統領」という本で告白している。
成功する人々には秘密がある。人事管理学の教授トマス・ツーロンは「どれだけ他人に良い影響を及ぼして生きるのか」と言い、平和的な人権運動家ガンジーも「成功した人生には必ず善良な痕跡、善良な人生の足跡がなくてはならない」と言った。そして私の師匠、私のメンターも「人生はどれだけおいしく食べて生きるかが問題ではなく、どれだけ義を行なって生きるかが問題だ」という教えを下さった。これが私の考える成功の基準である。

成功の秘訣:メンターと信仰
成功した人たちにはそれぞれ彼らの人生を成功に導いてくれたメンター、つまり師匠がいる。また彼らはみな信仰者だった。偶然の一致かもしれないが、最近直接会ってみたり自叙伝を通して出会った成功した人々、すなわち世界的なCEOや投資家、放送関係者、政治家、スポーツマンなど、彼らの共通点は熱心な信仰者だということだ。
6歳のときホワイトハウスを散歩していたひとりの黒人少女が「お父さん!必ず私はこの中に入るわ」という叫びを40年が過ぎた今、現実にした主人公コンドリーザ・ライス米国務長官。彼女も母のお腹の中で10ヶ月間一日も欠かさず讃美を聞いて育ち、主日礼拝中に生まれた母胎信仰者だ。彼女に今日最高の国務長官として、ホワイトハウスの参謀として認められるようにしてくれたメントルがいた。すなわちジョセフ・コベル教授との出会いだ。大学に進学したコンディは友達の勧めと紹介でデンバー大学の講堂でソ連学の講義を聴講するようになり、「何かわけのわからない戦慄が講義を聴く間じゅう消えなかった」と振り返った。そしてコベル教授から政治学の授業だけでなく、実務で積み上げた外交家としての力量を伝授される。コンディは「今私がブッシュ大統領に能力を認めてもらえるのは私のメンターであり私の師匠であるコベル教授から学んだ、簡潔かつ明確に意味を伝えることのできる能力のおかげだ」と回顧録で言っている。そして父のブッシュ大統領以降息子のブッシュ大統領に至るまで招かれるようになったのも「メンターとの出会いと信仰」のおかげだと言っている。

9.11のテロが発生した時、その危険な瞬間にもブッシュ大統領と会い、事態を収拾して一番先にしたことがまさにお祈り(p39の写真参照)だったという。写真に出ている場面はまさにブッシュ大統領と共に二度とあってはならないテロとの戦いを前にして天の知恵を受け、全ての問題を最も早く完璧に処理できるようにして下さいと祈っている場面である。

オプラ・ウィンフリーも、今は年俸1200億の、固定視聴者1億人以上の最高のトークショーの司会者として、最も尊敬される放送関係者であるが、そんな華やかな人生の裏には本当に辛い過程が隠されている。
1954年1月ミシシッピ州で私生児として生まれたオプラ・ウィンフリーは幼い頃、ひどい貧しさで悲惨で苦しい暮らしだったので、祖母の家に送られ成長するようになった。唯一の友達であり遊びと言えば、祖母の家にいる牛に飼い葉をやることと、唯一の本である聖書を牛に読んでやり時間を過ごすことだった。こうして読むようになった聖書を通してオプラは徐々に「ストーリーテラー(伝えようとする内容におもしろいストーリーを上塗りする人)の資格を既に4歳の時から備え始めていたのだ。そうして10歳の時、従兄から性的暴行を受け、人生を彷徨うようになり、158cmの低い身長でなんと100kgを超える巨体になったりもする。14歳の時、シングルマザーの身で麻薬という最悪の道を歩むようになり、まさに絶望的な人生そのものだった。あげくは自殺まで試みたが、神様の助けによって信仰の道に入るようになる。それ以上失うもののないオプラにとって神様の招きは希望そのものだった。幸いにも賢く才能ある学生だったため、すぐに学業についていくことができた。テネシー州立大学で意思疎通とコミュニケーションの役割について勉強しつつ、彼女の対話術についての気質と素質はアンカーマンとして抜擢されて惜しみなく発揮された。
彼女が放送で扱う主題はまさに「希望」である。どんな場合にも希望と望みを失ってはいけないということだ。黒人に、私生児に、シングルマザーに、100kgを超える少女から世界1億人を相手にするスター放送人へと生まれ変わったオプラ・ウィンフリー。彼女に成功の道を開いてくれ、死んでいく人生に灯火をつけてくれたものはまさしく信仰だと告白する。

我がメンターとの出会い
私は成功について特別な愛着を持っていて、成功へと導いてくれるメンターとの出会いを夢見ていた。それで数多くの本を読み、チン・デチェ長官やビル・ゲイツ、世界的な料理師ピエール・ガニエール、シリコンバレーの主人公キム・テヨン会長、世界人権大統領パン・ギムン長官など、多くの成功者に会ってみた。その中で最も記憶に残る出会いを挙げろというなら、断然、鄭明析先生との出会いだ。更に驚いたことは、聖書をなんと2000読なさり、30年以上テドゥン山で個人と民族、世界のためのお祈りの条件を積まれたということだった。最初私に総裁を紹介してくれた先輩は、世界的な精神的指導者として数多くの若者たちをメンタリングして下さり、彼らにとって師匠であり信仰人として「ロールモデル」(role model)になって下さっている方だと言った。私のようにこういうメンターに会いたがり、成功を夢見る若者たちにぜひ聞かせてあげたいのは我がメンターの話だ。

我がメンターの道

1、ひたすら神様とイエス様を人生のメンターとして仕える
我が師匠は「私が世界的な指導者として人生を成功している秘訣は、絶え間ない実践、そして多くの困難の中でも絶対神様の手を離さなかったこと、つまり信仰だ」とおっしゃった。孫子の兵法を2000読した教授から講義も聴いてみたり、道徳経を3000読したジョンピョ僧侶の講義も聴いてみたが、聖書を2000読した師匠の講義だけ聴いたことがなかった。聖書は世の中で最も多くの成功談と失敗談を書き込んだ本であり、唯一天の霊感によって書かれた本だ。人生と人類についてのすべての秘密と預言が書き込まれているからだ。
先生の聖書講義を全部聴いたとき、私は夢を見た。青い空が裂けてその間からイエス様が降りて来られる夢!本当に神秘的で感慨を覚えた。イエス様は麻布の服を着ておられ、胸には大きな剣をさしておられた。それは「真理の剣」だと聖書に書かれていた。イエス様の顔の後ろから光り輝く赤い色と黄色が作り出す後光は記憶から消えることがなかった。その夢を見て、改めて我が師匠、我がメンターについての確信を持つきっかけになった。ひたすら神様とイエス様を人生のメンターとして仕え、学んでこられ、その宝石のような教えを下さった我がメンター、師匠に心から感謝を捧げる。

我が師匠の生き方を見ると本当に大韓民国の誇りだ。韓国人としてアメリカのウェストポイント陸軍士官学校で講演をした人は多くない。パク・チョンヒ大統領も招待を受け、学生たちの査閲を受けはしたが、演説をすることはできなかった。ウエストポイントがアメリカで占める位相と権威から考えると誰でも講壇に立てるわけではないのは、ある意味で当然なことかもしれない。ブッシュ大統領やイギリスのチャールズ皇太子、マッカーサー将軍、アイゼンハワー大統領といったような人々が立った所だ。

そのような場所で我がメンターが招待講演をするようになったのは、3年半の間ベトナム戦争を経験して書かれた「愛と平和のベトナム戦争」を、ある知人が読んで大きく感動を受け紹介してくれたからである。超強大国であるアメリカが唯一失敗した戦争として有名なベトナム戦争を通して経験した、戦争の悲惨な状況と平和の大切さ、命の価値と人類愛、そして戦争の中で共にした神様の働きなど、その内容はウェストポイントの学生だけでなく出席した米軍の将校たちにとって常に不名誉としか思えなかったベトナム戦争が新たに認識される瞬間だった。とくに30回を超える死の瀬戸際から助けて下さった神様の働きを通して、多くの学生たちは自分のことのように感動を受けたという。自分が死ぬしかない瞬間でも神様に敵の命を助けて下さいと祈り実践した者のみが語れることであろう。その時の講義が縁となって今も師匠と弟子の縁を結んでいるミラクル・ユンとコプルランド大尉はその講演を最高の名講義として数え、それ以降信仰を持つようになったと振り返った。

2、国家は大きな私
我がメンターはいつも国家と民族のためにお祈りされる指導者だ。1994年、北朝鮮がソウルを火の海にするという発言によって朝鮮半島の戦争の危機が高まっていたとき、師匠は高麗大学の屋外劇場で救国祈祷会を開き、指導者ら1500人と共に月明洞とテドゥン山で徹夜のお祈りをなさった。その後私は劇的に戦争の危機が解消されるのを直接目撃し、また驚きを隠せなかった。1998年、月刊誌である「新東亜」8月号の「94年の朝鮮半島戦争の危機」特集記事を見るようになった。我が師匠が徹夜のお祈りを通して「喜びなさい!恐るべきことが起こらないようにするであろう!」という神様の声を聞いた時間と、アメリカが北朝鮮のヨンビョンにある各施設を爆撃しようとした時間がほぼ一致した。金日成がIAEAの核査察を受けることにした時間だった。劇的に全ての問題が解決される瞬間を見ながら、神様の働かれておられるのを悟った。「私についてくる弟子たちが国家と民族のために祈らない罪を負ってはいけないのだ」という御言葉の中でも、総裁の国への愛は十分推し量ることができる。

3、文化と芸術を通して世界をひとつに-自分を開発しなさい、成功の秘訣は実践だ
我が師匠は文化と芸術で神様に栄光を帰し、世界平和を実現していらっしゃる。
とくにGACPの行事を通して世界各国の若者たちが共にする文化・芸術の祝祭は、既に国家的な次元を超え世界的な行事として知られている。

2002年、ワールドカップの行事と共に行なわれたテジョン・ワールドカップ競技場でのGACPの行事は実に素晴らしかった。その行事を見守った多くのマスコミもまた神様の文化・芸術のワールドカップだと大々的に報道した。参加した外国人にとってこの行事は韓国に対するイメージまで新たにするきっかけになった。

師匠は「動く全てのものは芸術だ」、「自分をどのように開発するかによって価値は変わる」という御言葉で、背が高すぎてコンプレックスを持っていた弟子たちをモデルとして、踊れなかった弟子たちはチアとして、楽器に一度も触れたことのなかった弟子たちも管弦楽を演奏できるように啓発して下さった。

最高の専門家になる秘訣は繰り返しである。続けて実践し、繰り返す時に実力が伸びるのだ。「私も踊れなかったが、ずっと繰り返して練習をしたらサッカー選手になったし、水泳も、文章を書くことも、絵を描くことも、説教をすることも繰り返して実践してみたらもっとうまくできるようになり、最高になったのだ」とおっしゃった。また「聖書のすべての成功者らも実践者であって、結局実践者のみ歴史に残る」とおっしゃった。

我がメンターは「神様の偉大な愛は犠牲と奉仕を通して表現されるものだ」という教えをもって社会と国家、そして世界次元のボランティアを直々に実践してこられた。障害者のオリンピックと、2002年と2006年のワールドカップの時は、チア団を結成して韓国の選手だけでなく外国の選手まで組織的に応援してあげたり、各国別にサポーターを結成したりして、韓国のいいイメージを知らせようと大いなる努力を注がれた。明るい笑顔キャンペーンを繰り広げ、韓国を訪れる外国人たちに、明るい笑顔で親切と奉仕の活動を行事の期間中ずっと実践した。こういう自発的な活動によって、キム・デジュン大統領から感謝状と親書までもらったこともあった。

我が師匠の故郷にはウォルミョン自然聖殿が開発されている。そこはあらゆる世界的な行事だけでなく、弟子たちの修養院の空間として、お祈りする聖殿として、心の休息所として、社会人たちにはアイデアと霊感を受ける空間として、使えるように開発して下さった。
ここを訪れる外国人たちや外部の人たちは「世界的な造景作品」だという賛辞を送り、特に「もがきなしには傑作品もない」という教えを残して築き上げた自然聖殿の開発過程は見る人々にとって胸がじいんとする感動を感じさせる。私たちは祈りと霊感、人生の問題を解決できる空間を贈り物としてもらったのだ。外国の弟子たちは学校の休みや休暇をとって多くの時間と相当額の経費をかけてでも訪ねたがるということを考えると、よりその価値が実感できる。

真の成功のリーダーとして導いてくださった我がメンター
先に述べた数多くの成功者たちを通して見たように、人生の成功について語るとき、メンターとの出会い、そして信仰を抜きにしては真の成功を語ることはできない。私も偉大なメンターとの出会いを通して成功の知恵を学び、また信仰の道に入りながらより大きな成功を遂げるようになった。

生きていきながら誰でも人生の限界を感じ、人生の終わりには結局虚しさを感じるようになる。それはまさに霊的な存在について悟れずに生きるからであり、霊的な投資をあまりにも疎かにしたからである。人間の行動は心が左右し、心は霊が左右し、霊は神様が左右するという。これまで私たちは肉的な次元と魂的な次元(心)の生き方と成功ばかりを考えて生きてきた。これからはより次元の高い霊的な生き方と成功に挑戦し、真なる成功のリーダーになるべきだ。「次元の高い教育が次元の高い人生を導く」という言葉のように、霊的な御言葉を聞いて実践することで次元の高い生活を営めることを願う。

「師匠の日」が過ぎたが、私たちは人生を成功に導いて下さった師匠、つまりメンターに対する感謝を忘れてはいけない。そして今も真のメンターに会えずにいる方々がいらっしゃるなら、この文章を通して我が師匠、我がメンターを共有できることを願う。

文:LSCリーダーシップ所長イム・チョンテ




摂理の月刊誌「チョウンソリ」2007年5-7月号より p.38-42 師匠の日 企画記事1

(「チョウンソリ」について)
月刊宗教雑誌「チョウンソリ」は、神様が導いていかれる摂理歴史の顔であり、その人格を象徴しています。当世の誇りであり、千年史に長く残る神様の御働きを伝えるニュース作品であり、この時代、この地上に神様が降臨なさって、愛する人たちを通して行なわれる偉大な姿を証する画報集です。
したがって、個性と使命にしたがって、自分に現れる神様を誇りとし、主をあまねく証したい人であれば誰でも「チョウンソリ」に参加することができ、この本を通して、神様が共になさったしるし、偉大な実践のいきさつが、世界の国々に響き渡っています。人々は「チョウンソリ」に掲載された文章や写真を見ながら、改めて摂理歴史のビジョンを持つようになったといいます。自ら行なって成されたことだけを歪曲することなく表現しているので、どんな本より感動が大きいからです。これからも「チョウンソリ」は毎月、神様の良い(チョウン)声(ソリ)、喜びの知らせを生き生きと伝えるガブリエル天使長の役割を果たしていきます。

この記事は、いつものCGMサイトでも読むことができます。
http://cgm.or.kr/

訳注:韓国では、5月5日の「子供の日」、5月8日の「両親の日」に続いて、5月15日は「師匠(先生)の日」というのがあり、1964年に、「師に感謝し、尊敬の念を表す」ために制定されました。
2008-10-9 9:45


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ハレルヤ アーメン 465 P  
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