私がイエス様を人類で最も偉大な方だと思う理由は
私がクリスチャンだからではありません
イエス様が、無償の愛について語り
自ら実践されていたからです
私がカウンセリングに通うようになってから
人間が健全な心を持って生きるために必要なものは
無償の愛だ と知ったとき
まさにそれをについて語り、行動されたイエス様が思い浮かびました
イエス様はカウンセラーではなかったけれど
人生の根本の問題について 気づいていらっしゃった方だ と思いました
(もっとも、イエス様が人生の根本について気づいていらっしゃったのは
心について詳しかったからというよりは
心とはまた別の、人間が意識していないけれども
人間にとって本当に大切な部分
についての根本をご存じだったからだ思います)
イエス様は神様と人間を親子関係にたとえていらっしゃいます。
私が神様の無償の愛を感じた聖書の箇所があります
お金を持って家を出て、やりたい放題して一文無しになった息子が
どうしようか迷ったあげく、父親の元に帰る決心をします
息子として扱われないことを覚悟で帰った息子に対して
父は、咎めるどころか帰って来たことを心から喜び
ご馳走を準備してあたたかく迎え入れた話があります
子供が戻ってきてくれただけで嬉しい、
生きていてくれて本当に良かった、会いたかった
という、子の存在自体をいとおしく思う親心が伝わってくるようで
いつも胸が熱くなります。
人間は神様が無償の愛をもってつくられた存在だから
全人類の親である神様の無償の愛を感じて生きることが
人間の健康、幸せにつながるし
神様に注いで頂いた無償の愛でもって 親が自分の子を愛し
そのような愛で 隣人を愛して接するときに
お互い本当の意味で
愛し合い
喜び合い
憐れみ合い
許し合って
生きていけるんだ
と感じました
私たちの感情のベースに
「無償の愛」
がなければ
本当の意味で愛しあうこと
喜びあうこと
許しあうこと
が難しいのだと思います。
「無償の愛」というベース(基本)があるからこそ、
様々な愛の行動(応用)ができるように
なるのではないでしょうか?
人間の人生に一体何が欠けているから
人間がうまく生きていけず
苦しまなくてよいところで苦しんでいるのか
2000年前に既に教えてくださっていた方がいたけれど
私自身もカウンセリングに行く何年も前から
イエス様を信じていたけれど
イエス様が語っていた言葉の深い意味が全くわかっていなかった
とショックを受けました
カウンセリングに行ったおかげで 私は、
聖書が深く読めるようになり
イエス様、神様をいっそう愛すようになりました
人間の根本を変えるものは 無償の愛 でしかなく
その根本を2000年間も語り続けて下さっていた
神様、イエス様の 聖書を通しての言葉を
ようやく少しずつ 理解し始めています
私の信仰生活は 今、ようやく始まったのかもしれません