自転車で転んであやうく命を失いかけたという
話を少し書きましたが
実際にどんなところが自転車で命を失いかけたような
生き方だったかと話します
苦しまなくていいところで苦しんでいた私ですが
それは、幼いころから苦しい環境におかれて育ったから
苦しいことが普通で、苦しいんだけどなぜかその状況が
居心地がいいみたいな感覚に陥っていたため
無意識に自らを大変な状況に陥れてしまう行動パターンを
繰り返していました
たとえば
1.他人の問題に顔を突っ込んで、その問題を引き受けてしまう
誰かと誰かがけんかっぽくなったとき
自分が仲裁に入って助けなければいけないという
強迫観念が私の中にあったため
気づいた問題のすべてに顔を突っ込んで
いつもそのことで頭を悩ませていました
今考えれば、他人の問題は当事者たちで話し合って
解決していくのが最善だと思うので
私は陰でみまもって、良い方向に行くよう祈るだけに
しておけばよかったなあ、と思います
私が入っていったことでかえって問題をこじらせてたような
気もします(汗)
2.いつも、忙しく自分にとって大変な仕事を選んでしまう
転職する度になぜか人間関係も仕事内容もつらい
というパターンを何度か繰り返しました
辛い仕事じゃないと成長した気がしない
忙しくないと生きてる気がしない
という考えがあったために無意識につらい職場を
選んでいました
自分の行動パターンに気付いた後に選んだ職場は
人間関係も、仕事内容も自分にぴったりの場所で
すごく居心地よく仕事をしていて毎日楽しいです
3.考えが偏っているため、コミュニケーションでの誤解が多い
指摘されること、怒られることに対する恐怖があったり
人間不信だったため
相手の言葉を素直に受け取れないことが多かったです
だから、相手が自分を攻撃してるような言い方をしてると
感じて敵対視してしまったり
最初から信じる気持ちもなくて
相手の言葉を無視したりしてました
結構、失礼な態度をたくさんとってたと思うし
ぶっちゃけ、相当性格悪かったと思いますね(汗)
1,2,3のほかにもいろいろありますが
そんなこんなの考えのかたよりにより
自分のこりかたまった考え全開で
暴走して生きてました
今、どこまで自分の性格が改善されたかわからないけど
ほんとに気持ちが楽になったから
問題を見つけるよりも
同僚や友達との何気ない会話が楽しかったり
おもしろくて笑えてしまうことが多かったり
神様が自分をどれだけ愛してくれてるか
あふれる愛を感じることのほうが多くて
仕事中も感激して嬉し涙でちゃったりしてます
人間は、心が変わると、見える世界が変わりますね
あんなに強情で傲慢で、あくせくしていた私が
家でゆっくりこんなブログ書いてることも奇跡です
生きていて、幸せだなあ、
私ってこんなに愛されて生きているんだ
って感じて
神様に感謝でいっぱいの毎日です