私は、自分が落ち込みそうなときとか不安なとき
自分のブログを読んで参考にしています
自分のことなのに、意外と忘れていて
「へえー、そっかあ。そうやって気持ちを整理してたっけ。
なるほど。ふむふむ。」
っていうかんじに。
自分が書いたものを読んでみて、
「なんか冷静に書いてるなー」
って思うんですけど
当時のことを思い出すと全然冷静なんかじゃなかったはずなんです
苦しくて、言葉を絞り出すように書いたんだけど、
客観的に読むとそんな風に思えないものなんですね。
旧約聖書にある詩篇はダビデというイスラエルの王様が
書いたものですが、ダビデが詩篇を書いたのは
命を狙われ、追われ続けているという極限の状況でした。
そう教えてもらうまでは、全然わかりませんでした。
もちろん、辛そうな箇所もあるにはあるんですが
ひたすら神様を賛美してる内容が多いんです。
どうして、ここまで神様を賛美できるのか、というくらいに。
イエス様が語られた言葉も、字面だけ読むと冷静な話に聞こえますが
自分を反対する人たちが多い中、
また、純粋だけれども聖書については教養がない弟子たちを前にして
血のにじむような気持ちを絞り出して語った言葉が
たくさんあっただろう・・・と思います。
聖書にある多くの予言者の言葉や、キリストの言葉には
本当に大変な状況の中で、命をかけて伝えた言葉があるんだ
ということを、
自分が文章を書くようになってから、
やっと感じられるようになりました。
私の大変さとは比較にならないくらいの状況で書いたからこそ
訴える力があり、
逆に、どんな状況だとしても伝える必要のある言葉だったからこそ
そうした環境の中でも出てきた言葉なのかもしれませんね。
その言葉の価値を本当に感じている方が
今も、たとえどんな環境でも、
本当に大切な言葉だから、必死に伝えていらっしゃるのではないか、
と、思います。
その価値をわかって受け取る人が、本当に幸いな人だ
とも思います。