本日12月8日は真珠湾攻撃により太平洋戦争が始まった日です。
太平洋戦争については自分も知らない事が多いのですが、ネットで以下のサイトを見ました。2ちゃんねる関係の「兵器の人」という講義枠ですが、戦争の詳細について割合客観的で参考になると思います。
兵器の人 http://professorgiko.fc2web.com/heiki.html
全部読むのは長いです、戦争史を知るのに以下の回がお勧めでしょうか
第8回兵器史 零式艦上戦闘機
第9回目兵器史 航空母艦「赤城」
第23回目兵器史 「大和型」戦艦
上記の「兵器の人」に、「外交は戦争に至ってしまったら破綻であり、軍隊は抑止以外に意味は無い」、「民間人を巻き込んだ太平洋戦争の終盤は、もはや戦争と呼べるものではなかった」などと書かれています。
日本が軍隊を持ち、国際責任を果たせという意見があります。確かに現実は軍備があって国際社会のバランスが保たれている面は否定できません。軍隊はそんなに罪悪視するべきではないとも言われます。
最近の日本の防衛、過去の戦争についてさまざまな意見がありますが、皆さんご存知だと思うのでここでは詳細に取り上げません。摂理の団体としても特に公に主義主張を行っている訳ではないですし、メンバーの中でも意見が分かれるかも知れません。
でも私個人の意見として言いますと、
どんなに統制の取れた軍隊であっても、結局戦争になって生か死かの最前線では、そんな生易しいものではないということは想像できます。
アフガニスタンやイラクの例を見ればわかりますが、アメリカ程の軍備があれば国としての戦争に勝つのは簡単です。でも兵隊単位ではゲリラやテロへの恐怖から市民を惨殺してしまっていることは日常茶飯事だし、アメリカ兵自身も疲弊している。キレイな戦争なんてありえないと思うのです。
また、どの国が良くてどの国が悪かったとかはあまり重要ではないと思います。歴史の歯車が違っていたら、韓国が日本を侵略したかも知れない。日本がアメリカに原爆を落としたかも知れない。
イエス様を死に追いやったユダヤ人たちも、同じく普通の市民たちであったように、アジアを蹂躙した日本人たちは、家に帰れば良き夫、親だったはず。
戦争を無くすために国際政治や武力を唱える人も多いかと思います。それも必要ですが、でも結局は人間というものを(霊的な意味を踏まえて)見極めないと、根本的な解決はありえないでしょう。
そして戦前の日本についても、「日本の兵士達は国のために戦ったのであるから、その行為は全面否定されるべきではない」というのはわかります。
でも「「歴史を鑑みる」とは、「どこの国もそういう時代だったから仕方なかった」と容認をすることではありません。現在の最先端の価値観に拠り、過去に何を間違えて、現在をどうしていくべきなのか。それを見極めることだと思います。
先生はイエス様に言われたそうですが、「ダビデは人を殺して英雄になったけれど、あなたは人を生かして英雄になりなさい」と。聖書ではイエス様に次ぐ人気を誇るダビデ、当時としては一番の義人でした。でもあくまで過去の英雄であり、今の時代のニーズには合わない面もあるということです。
先生は従軍の経験があります、ベトナム戦争の時、先生は戦争に行かないで済むように神様に願いました。でも神様が「あなたが行かないで誰が行くのだ」と行かせました。何度も死ぬ目に合いながら神様を求め、先生自身の信仰も良くなりました。
先生の世代としては、戦争を否定はしません。信仰も軍隊のように雄雄しくあれと表現しますし、その上で戦争の現実、残酷さもよくご存知です。そしてその先生が言いますが「戦争はあってはならない」と。今の時代の価値観からして、命を失わせる戦争は100%否定されるべきかと思います。
世界に紛争が耐えない限り、すぐに軍隊を無くすのは難しいかも知れません。でも軍需産業や国益追求を見ても、どうしたって軍隊が正義を行うとは思えません。
わが国日本も、武力ではなく、忍耐と覚悟、そして信仰を持って国際社会に貢献していける名誉ある国になっていくことを願ってやみません。