お年玉、書き初め、おせち料理、鏡餅、初日の出、初詣…。
正月の風物詩である。
2009年、新しい年を迎えた。
寒波で冷え込む朝晩が続いている。
こんな時、日本人の心に癒しを与えてくれるのは「コタツでミカン」ではないだろうか。
冬の貴重なビタミン補給源であり、我々の喉も心も潤してくれる。
ミカンは温暖気候で水はけの良い段々畑に育ち、常緑樹に実を付ける。
和歌山県や愛媛県が名産地だ。
収穫する際には、ヘタの部分に細心の注意を払って処理する必要がある。
しっかり切っておかないと、突き出た部分が他のミカンを傷つけ、そこから腐敗していく原因となるからだ。
詳細まではハッキリ記憶していないが、ここ一年内に、
「余計な枝を剪定しないと、害を被ることになる」
という内容の御言葉を聞いたことがある。
無駄な枝葉が突き出していれば、風で飛んできたゴミなどが引っ掛かりやすくなる。
そのように、自分の内面的な弱点・短所・偏見・固定観念などを木のごとく剪定し磨いていかなければ、患難という嵐の中で誘惑に陥ったり、余計な所でつまずきやすくなってしまうのだ。
ミカンのヘタを入念に切り落とすのも同じで、心のトゲをしっかりと処理しなければ自身も誘惑や試みに遭うし、また他人を害する危険性がある。
結局、自分の尺度という「物差し」で判断し、裁くようになる。
ミカンのヘタを処理するのは、自他ともに活かすために欠かせない作業なのだ。
余分なものや不必要なものは切り捨てていかないと、小さなことであってもそこから問題が生じる。
主の名によって、信仰によって重荷は脱ぎ捨てていくべきなのだと、ミカンのヘタを見ながら感じた。