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クリスチャンとノンクリスチャンの生き方

Posted by 摂理日記
 

今週の御言葉も深い話でした。


いろいろな話とそこからの教えはありましたが、



「自分の考えを優先順位に置いて生きたら、


心配、憂い、悩みに陥るようになります。


失敗して、その時になって初めて

イエス様のことを思います。」

という話もありました。


そう、聖書通り、

イエス様の心通りになれば

何の心配もないのですね。


ああ、本当に私たちは

主の心を知らずに

心配ばかりだなと思います。




しかし、クリスチャンでない方なら

それでも仕方ないかもしれません。

主の愛を知らないから。




しかし、クリスチャンでも
心配、悩んでしまうから

イエス様の心を痛めているのでは

ないかなと思います。




「人々は誰でも信仰生活をして
天国に行こうとする心は完全です。


それなのにたったの一日も

自分を完全に主に任せることができません。


言葉では任せていますが、

使っているのを見ると、


自分の体だと思って

自分の考え通りに使います。」



天国に行くのは本当に

簡単なことではないですね。


イエス様が行かれた道、

つまり敵を愛し、

心と精神と命を尽くして

どんな時も

神様と兄弟姉妹を

愛することですから。



全国各方面のクリスチャンの方々とも、

ネットなどでお話を伺っていても

あの政治家が嫌いとか、

あの教会は悪いとか、

そういう話も出てくる時があり、


嫌いとか憎むことは

イエス様の心ではないのになと

心が痛くなります。


主はむしろ

そういう者たちのために

祈りなさいと

おっしゃっているのですから。


主は彼らのことも

愛していらっしゃるからです。

コリント第一の手紙にたくさん載っていますが、

12章27節にも


「あなた方はキリストのからだであり、

ひとりびとりはその肢体である。」

とあります。


しかし、そのキリストから見たら、

キリストの心と行いでなく、


6章15節にあるように

「キリストの肢体をとって

遊女の肢体としてよいのか。」

とおっしゃっているのです。




私も含めて、クリスチャンなら尚更、

心配、悩みを捨て去ってくださる

イエス様の愛に感謝するところで

とどまるのではなく、


新郎で迎えてくださる

主の心とからだとなって、

生きることではないかと思います。



イエス様の時代も、

モーセとその律法を通して


神様を信じるユダヤ教の

律法学者やパリサイ派、サドカイ派ら

信仰者達をむしろ

イエス様は正しました。


そうでない取るに足らないとされた人たちは

素直にイエス様に従ったのに、


彼らは神様を信じている自負心だけで

形式的な生き方をしていたのです。



イタリアの地震で亡くなった人達が

果たして

私たちより罪が大きかったのか。

私たちより義が少なかったのでしょうか。




よい木はよい実を結ぶと

イエス様はおっしゃいました。


私もまだまだ取るに足らない者ですが、

信仰を持ち始めの方はともかく、

今の時代の私たちも

神様とイエス様を信じて

主の誇りとする新婦になって

いきたいです。

イエス様が望んでいらっしゃる
よい心と行いの実を結ぶ
自己満足する生き方ではなく、




















2009-4-28 12:13


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ハレルヤ アーメン 260 P  
リンクURL
http://ameblo.jp/net-church/entry-10250615989.html クリスチャンとノンクリスチャンの生き方への外部リンク

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