心の回復に取り組んでいるクリスチャンと話をした時に
「御言葉の行間を読む作業が難しいよねー」
という話になりました。
これは、語られた御言葉を実践していく時
どう実践するか
実践するために何が必要なのか
は、ひとりひとりによって違うからです
特に、心の回復に取り組んでいる場合には
本人の回復の段階によってできること
必要なことが変わってくるために
同じ御言葉を聞いたからといって
同じように行動できるわけではないからです
例えば、
「伝道しましょう」
という御言葉が出た時
そのことを喜んで実践できればいいですが、
もし、そのことが苦痛ならば
「伝道する」以前に自分にひっかかっている問題は何か
を把握する必要があるし、
ひっかかっている問題を解決するために
どういうプロセスをたどり
何をする必要があるのか
を把握して
問題をときほぐしていく必要があります
「伝道」できるのは
自分が神様と出会って本当に良かった
という実感と、
この感動をほかの人にも伝えたい
という、心からのあふれる思い
があって、喜んでできるものなので
まずは自分と神様の間にゆるぎない信頼と愛があるかどうか
をふりかえってみる必要があります
また、「神様と出会えて本当に良かった」
と思えていたとしても
対人関係に難しさを抱えていて
伝道を負担に感じる
心身共に自分が生きていくことだけで精一杯の状態だから
直接誰かを伝道することが難しい
という場合もあるかもしれません
そのほかにも、それぞれの状況によって
「伝道」するときにたちはだかる壁があるのだとしたら
その壁を少しずつ崩していく作業も
「伝道」を実践していることなのではないかと思うんです
だから、「伝道」という言葉を聞いたときに
直接「伝道」することだけにこだわらず
喜んで伝道できるようになるために
料理でいう「下ごしらえ」のような
準備段階も
決して無駄ではなく
むしろ、それが自分と神様の関係をより親密にし
知らない間に、伝道する道が開かれるきっかけにもなる
希望に満ちた可能性をつくりだしているのではないでしょうか
私も、直接人を伝道できるようになるには
何年かかるんだろうか
と思うほど
自分が生きていくことだけに精一杯の毎日です
私は、御言葉で聞いてことを負担に感じることなく
できるようになるためには
まず、自分の心が健康になること
が先決だということを痛感しているので
「伝道」の話が出たときも
「ああ、そのためにも心の回復に取り組もう」
という結論に至りました
御言葉を実践しようとして、
その言葉をそのとおりにするには苦しすぎたり、ハードルが高いことが多い私は
そのことを実践する前段階で、
自分にとって必要なことを自分で探す作業があるからこそ
「行間を読む」達人になれたらいいなあ
と思いました