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聖書の人物から学ぼう! 「ロト ソドムの裁き」 |
| Posted by バイブル博士の聖書図鑑 |
聖書の中には、何も神様の前で人生に成功した人ばかりではない。
裁きも経験しながら、教訓として記録されている人もいる。
アブラハムにはロトという名の甥がいた。
彼は、アブラハムに、同行している間、多くの祝福があり
羊や牛など財産も多かった。
あるとき、アブラハムの家畜の牧者とロトの家畜の牧者たちとが争っているため
争いを避けるために別々の地へ移りすむことになった。
すなわちロトはソドムを、アブラハムはカナンを選んだ。
ロトの選んだソドムは「主の園のよう」に潤っていた。(創世記12:10)
その後、戦争がおこり、ロトの選んだソドムはその財産と食料をことごとく
奪われた。ロトもまた捕虜となってしまった。
しかしアブラハムが訓練した家の子を引きつれ、ことごとく奪い返した。(創世記14:16)
ロトはアブラハムによって何度も助けられた。
さて、ロトについての前置きはこれくらいにして、
今日のテーマはソドムの裁きである。
ソドムの人々はわるく、主に対して、はなはだしい罪人であった。(創世記13:13)
ソドムとゴモラの叫びは大きく、またその罪は非常に重い(創世記18:20)
ソドム、英語のsodomy(男色、獣姦)の語源となった町であるくらい、
性についても乱れていた。
主の使いがソドムを訪れたとき、門の前で迎えたのはロトだった。
彼は普段から人格的で、人をもてなすのが上手であり、
気づかい上手な、まるで日本人のような人だった。
しかし、ロトはソドムの町で決定的な罪を犯していた。
それは義人を増やさないという罪だ。
悪人を悔い改めさせ、主の前に罪人を減らすこと。
それがロトが果たすべき使命だった。
アブラハムはソドムの町へ裁きに向かう主の使いを引き止めた。(創世記18:16-33)
ロトがいるのだから、少しでも義人を増やしているはずだと
願いを込めて、交渉した。
しかし、残念なことに、ロトはわずか10人の義人さえ導けていなかったのだ。
ここに日本人にも言える罪がある。
日本人はロトのように、人をもてなすのがうまいし、人格的な対応ができる。
国際的にも、性格が穏やかで、優しく、印象が良い。
しかし、日本のクリスチャンは人口の1%と呼ばれて久しい。
それは、世界の先進国の中でダントツ少ない。
神様はそんな、義人が少なく、罪が多い町を放っておかない。
主の使いがロトの家を訪れたとき、ソドムの住民は四方から集まり
引き渡せといった。そして「われわれは彼らを知るであろう」といった。(創世記19:5)
聖書で「知る」という言葉は肉体関係を持つことを意味することが多い。
英語の聖書ではwe can have sex with themとはっきり書かれている。
代わりに自分の娘をさしだそうとするロトの行為は賛否両論あるが、(創世記19:8)
自分の愛する娘よりも主の使いを大事に思った時点で、彼自身の信仰は
愛する息子イサクを捧げたアブラハムに匹敵するといえる。
主の使いはそんなロトの親族だけでも救おうとし、
ゾアルの町へと非難させることとなった。
そして、ゾアルの町にロトが着いた後、とうとうソドムの裁きが始まった。
天から硫黄と火とが降ってきたのである。
ここで、硫黄というのだから、おそらく火山の噴火でソドムは滅びた
と言ってしまって、ほぼ間違いないだろう。
(サラリと爆弾)
残念ながら、ロトの妻は後ろを振り返り、塩の柱になってしまった。
これは世俗の生活に未練を持ち、立ち止まってしまっているうちに
逃げ遅れてしまい、長い歳月を経て岩塩の一部となってしまったのだろう。
(再び爆弾)
ちなみにロトの妻と呼ばれる岩も存在する。
(URL: http://yoshiokan.5.pro.tok2.com/israel/isra78.html)
前述したようにロトは自分の親族よりも主の使いを大事に思うのだから
信仰が悪いわけではなかった。
ただ、伝道していなかったのだ。
わずか10人の義人を導くことができなかった。
(わずかと言っても、易しくもないが)
そして、大きな裁きを免れなくなった。
神戸の街の震災は、現代のソドムの裁きではないだろうか。
今は、世界の各地にソドムの裁きが起こっているのを目にする。
ひとえに、神様を忘れ、経済や物質を中心とし、異性や快楽に溺れ、
身勝手な生き方をしているツケがきているのではないか。
今は、主の福音を叫び伝えるとき。
日本人よ、目を覚ませ!
悔い改め、主に立ち返る時が来ているのだ。
(結構、突っ込んだぞな。)
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