
植民地から解放された1945年。
貧しく辛かった時代に生まれた先生は、幼い頃からもがいて人生を救う真理を探し回った。
しかし誰もその人に人生の根本の答えを教えてくれなかった。ひたすら山の中の洞窟で祈りながら、ろうそくの火の下で聖書を読み続けた。
そうして遂に、夢にも描いたイエス・キリストに出会った。「私がお前の先生になってあげよう。聖書を通して歴史が始まるから、私から聖書を詳しく学びなさい」と仰った。
イエス様は先生に、世の中の学問を教えたのではなかった。
まずは「人間にならなくてはいけない」と仰った。
20年余りの劇的な修道生活を通して、先生にイエス様は、人間の救いにとって一番必要な、神様と霊についての真理を悟らせて下さった。
今も先生は告白する。私の師匠はイエス様だけだと。

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毎日明け方3時、先生の一日は、ひざまずいての切実な祈りによって始まる。早朝まで天が下さる黙示の御言葉を受けては書きとめ、夜遅くまで御言葉を伝えながら、先頭に立って実践する。
これは、人類に対する神様の愛と心情、救いの御言葉を悟ったから、ひとりでも多くの人を救うためだ。先生はどんな出会いや状況においても、まずは神様とイエス様を求め、その御心を祈りによって確認して行動する。だからその人の唇には「神様」、「イエス様」の話が絶えない。
先生は、命を生かすためには命を尽くさなくてはいけないと教える。世界のあちこちに御言葉を伝えるために寝食をしばしば忘れ、困難に遭っている弟子たちのために、一日数十通の手紙と、一ヶ月数百本の電話で相談に応じる。そしてよみがえった霊魂を見て、全ての疲労を忘れる。その人はまるで新しい道を築いていくように、天下より貴い命を生かすために毎瞬間、心と思いと命を尽くして生きていく。
木の実を見ればその名前を知ることができるという。
先生の生き方はイエス様のそれ、すなわち「ひたすら神様」と「命への愛」で満たされている。
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