ベトナム戦争に参戦した時のことだ。前日戦闘が繰り広げられた所へ、確認しようと捜索に出かけた。敵の死体を確認しに行くのはとても危険なことだった。たまに死なずに負傷したままでいて報復をする場合があるからだ。一緒に行った同僚と二人で一時間ほど超緊張の中でそろりそろりと這って行きながら、注意深く偵察をしていた時だった。 3メートル前の一抱え半もある大きな木の横に、人の顔の半分と共に、私にねらいをつけた銃口がはっきりと見えた。
私とぶつかったその目に殺気が満ちていた。瞬間、私の全身がこわばり、めまいがした。
目の前が真っ暗になり、再び気を取り直してみるとその状況のままだった。私も片手に銃を持ってはいたが、銃を持ち上げる力もなく、操縦する気力もなかった。敵は気を失ってぽかんと立っている私にさらにぴったり銃口を定めた。私は全てを諦め目を閉じたまま心の中で神様を呼んだ。
その時、天から声が聞こえてきた。大きく勇壮な声だった。
「行って愛してよくしてあげなさい!」
明らかに神様の声だった。非常に愛らしくも畏れ多い声だった。その声が地球上の誰にでも聞こえるくらいに勇壮だった。
私は心の中で答えた。
「私が愛そうと思って行けば、彼が私を殺すでしょうに?」
私が少しだけ動いても敵は引き金を引くだろう。
再び声が急かすように聞こえた。
「行けば死ぬのにですか?」やはり同じ答えをすると、その後には何の声も聞こえなかった。
じっとしていても死ぬし、行っても死ぬなら、天の声の通りにしようという心が生じた。敵を愛しに行くために、非常に重い一歩を踏み出した時、心が熱くなり、こわばっていた体が完全に解かれて超人のような力が湧いた。
互いの目がたった1mmもそれることなく見つめながら、二歩目を踏み出した時だった。
敵が私の妹に見えるのだった。私は非常に驚いて銃を放り出し、妹の名前を呼びながら走って行った。「ヨンジャ!お前なんでここに来たの?」と言いながら敵を抱きしめて泣きまくった。泣いて見ると、私が抱きしめているのはさっき見たベトコンだった。
私は再び彼に、どうして私はあなたを殺し、あなたは私を殺さなくてはいけないのかと言いながら、抱きしめて泣いた。彼も私を一緒に抱きしめ、わんわん泣きつづけた。
互いに銃を放り出して、このように40分間も熱くむせび泣いた後に、ベトコンが突然何か思い出したように、驚いた表情をして右手を急いで自分の尻の下に当て、尻をゆっくり持ち上げた。彼は私を押しのけて危ない、と言い、後ろに下がれと言った。
そして尻の下から手榴弾を取り出した。安全ピンを抜いた状態で体を乗せて座っていたのだ。
分かってみるとベトコンは膝に銃が当たって逃げることができず、死体を確認しに来た我が軍を撃ち殺して自分も自殺しようと手榴弾の上に体を乗せて座っていたのだった。40分間互いに体を揺すって慟哭して泣いていたとき、爆発するところだったのだ。それが爆発しなかったのも奇跡だった。
結局敵も生き、私も生きた。劇的な状況の中で「愛しなさい」という御言葉を実践した結果だった。
ひたすら神様が私たちを生かすために大きな恵みと能力を施されたことを悟らずにはいられなかった。